2020年3月に開業したJR高輪ゲートウェイ駅。2025年には「ニュウマン高輪」や「JWマリオット・ホテル東京」が開業し、街の表情が大きく変わりつつあります。実は、このエリアは最先端の再開発が進む一方、江戸時代から続く歴史的スポットが点在しています。今回は、国指定史跡「高輪大木戸跡」や赤穂浪士ゆかりの「泉岳寺」、地元で語り継がれる「おばけトンネル」をはじめなど、高輪エリアの知られざる魅力をご紹介します。 江戸の玄関口「高輪大木戸跡」高輪ゲートウェイ駅の改札を出て右方向(北方面)へと歩き進めると、国指定史跡である「高輪大木戸跡」に辿り着きます。ここは江戸時代、東海道の江戸側の入口に設けられていた関門で、治安維持や人の往来を管理する役割を担っていました。現在も残る石垣は、宝永7年(1710年)に築かれたもの。夜間には木戸が閉じられ、江戸の内と外を分ける境界として機能していたといいます。往時の姿を想像しながら歩くと、現代の都市風景との対比が印象的です。散策途中の立ち寄りスポットとしても親しまれています。 赤穂浪士の眠る「泉岳寺」高輪を語るうえで欠かせない存在が、曹洞宗の名刹「泉岳寺」です。慶長17年(1612年)に徳川家康によって創建され、後に現在の高輪へと移されました。この寺が広く知られているのは、赤穂浪士四十七士の墓所があるためです。元禄15年(1702年)の討ち入り後、彼らは翌年に切腹を命じられ、ここ泉岳寺に葬られました。境内には義士記念館もあり、当時の資料や遺品を見ることができます。毎年12月14日の義士祭には全国から多くの参拝者が訪れますが、普段の境内は静かで落ち着いた空気に包まれています。都心にありながら、心がすっと落ち着く場所です。 JR線路下を抜ける「おばけトンネル」「高輪大木戸跡」からすぐの位置には、JR線路の下をくぐり、芝浦側(海側)へと抜ける歩行者用トンネルがあります。地元では親しみを込めて「おばけトンネル」と呼ばれていますが、正式名称は「高輪橋架道橋」。明治時代の鉄道敷設にあわせて造られた、歴史ある構造物です。第一京浜から線路の海側へ抜ける動線として、今も日常的に利用されているこのトンネル。薄暗く、どこかひんやりとした雰囲気があることから、この愛称が定着したと言われています。現在は照明も整備され、実際に通ってみると想像ほどの怖さはありません。むしろ明治期の鉄道遺構を間近に感じられる、味わい深い場所といえるでしょう。途中、天井の低いエリアがあるので頭上に注意しながら歩き進めます。芝浦側へ抜けたあと、振り返るとこんな感じ。 高輪ゲートウェイシティの東側(芝浦/海側方面)では「リビオタワー品川」などの大規模マンション開発も進行中で、線路を挟んだ両側の街が少しずつつながりつつあります。将来的には、エリア全体の回遊性も大きく変わっていきそうです。 参考:・(2025/6/9公開記事)品川駅周辺の再開発の様子 進化し続ける高輪の住環境泉岳寺から高輪ゲートウェイ駅方面へ戻ると、第一京浜沿いのオフィスビル1階に、2026年春開業予定の高級賃貸レジデンス 「TAKANAWA GATEWAY CITY RESIDENCE(高輪ゲートウェイシティレジデンス)」のギャラリーが設けられています。 高輪ゲートウェイ駅周辺では、田町・品川エリアも含めた大規模な再開発が同時進行しており、街の機能そのものが大きくアップデートされつつあります。品川駅へ徒歩でアクセスできる立地は、国際都市・東京の中でも希少性が高く、今後の変化に目が離せません。最先端の都市機能と、江戸時代から受け継がれてきた歴史資産。その両方が共存している点こそが、高輪エリアの大きな魅力といえるでしょう。 おわりに高輪ゲートウェイ駅周辺は、最先端の施設と歴史が息づく文化的資産が共存する稀有な地域。こうした街の変化を日常として感じられるのが、三田エリアに住む魅力でもあります。現在、弊社にて三田ガーデンヒルズ パークマンション棟(2LDK/87平米)ならびに、ウエスト棟(3LDK/86平米)等の未公開物件をお預かりしておりますので、ご購入をご検討中のお客様はぜひお気軽にお問い合わせください。また、三田ガーデンヒルズのご売却をご検討中のオーナー様には、【最短1営業日】でご売却査定をお出ししております。▶︎ お問い合わせはこちら:https://mgh.sevensignatures.com/#contact 今後も、三田ガーデンヒルズや近隣の情報、都心の不動産市場に関する最新動向をお届けしてまいります。